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第8回
講座 ●●
平成26年12月 10日(水)
午後1時30分から
うじ安心館 3F 市民活動室
実践ウォーキング(A班) 実地実習と反省会
コース: うじ安心館⇒文化センター⇒東山公園⇒肩切地蔵
⇒善法墓地⇒う
じ安心館(約4.5Km)
出席人
員 受講者 18名、会員 13名
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実践ウォーキング実習に対するA班リーダーからの行程等の説明
出発前のウォーミングアップ・ストレッチ (オ
レンジのベスト着用者が受講者)
うじ安心館よりA班の実地実習にスタート
信号での参加者誘導方法についての実地訓練
信号によるストップ指示と隊列分断での処置をいかに
隊列も整然とし、春には綺麗であろうと雑談しながら通る桜並木
東山公園に到着し給水・トイレ休憩、出発前にリーダーより、これから向かう
"肩切り地蔵"の逸話についての説明を受ける
アップ・ダウンの多いコースを多少ぶつぶつ言いながら進む一行
"片切り地蔵"へ到着
逸話
昔、白川の里の寺に若い寺侍がいた。碁が好きでのめり込み、やがて仕事そっちのけで夕方になると、
碁の強い相手を宇治の町に探しに行くようになった。婚約者だった住職の娘は心を痛め、勧請坂の地蔵
に「まじめに戻ってほしい」と毎日お参りした。
ある夜、寺侍が碁を打ち終えて勧請坂まで帰ると、暗がりに住職の娘の姿が。だが様子がおかしい。
「こんな夜更けに奇っ怪な。化け物がたぶらかそうとしているに違いない」と刀で切りつけた。その夜、
娘の夢枕に地蔵が立ち、話を聞いて驚いた住職が翌朝に坂に行ってみると、谷底にけさ懸けに切られた
地蔵が転がっていた。
物語は、地蔵が住職と村人によって引き揚げられて手厚く祭られ、改心した寺侍は娘と結ばれて幸せ
になった、と続く。地蔵は「肩切り地蔵」の名で白川の人々に語り継がれ、大切に祭られてきました。
(2008年1月16日付、地元京都新聞「ふるさと昔話」から
要旨を引用)
住宅街をいろいろと話しながら、静かに(?)進む一行
宇治特産の茶畑横を進行
宇治市名木百選「奥の山茶園」
室町時代足利義光将軍は宇治茶の良さを認め、宇治七茗園と呼ばれる優れた茶園を宇治の地に七ケ所
指定した。 (唯一現存する茶園です)
うじ安心館の駐車場へ戻ってのクールダウンストレッチ
ご苦労様でした。うじ安心館 市民活動室での反省会と次回の講座内容について
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